「このケン玉、ヒモと玉がついてないよ」。不思議そうにそれを持っているのは入ったばかりの少年だった。「それはケン玉とちがうで、えーと先生なんだっけ」
 「ウチデのコヅチです」
 アトリエの入り口の小さな座ぶとんの上にチョコンと置いてから二カ月以上たっただろうか。
 以前、アトリエを取材して下さった新聞記者のSさんが、子どもたちの近況を送ったときに、そのお返事として、出雲大社の小槌(づち)を送って下さったのだった。願いつつ、努力をすれば、必ず夢はかないます−というメッセージと共に。
 私以外の、本当のおとなが、アトリエにして下さることは、子どもたちに大きな力となる。
 あちこちからの支えを実感できれば、たとえつらい目に遭っても、ハタと「一人じゃない」ことを思い出すときもある。
 賢治の「よだかの星」という童話で、世間の皆からバカにされ、行き場を失い、天に昇る途中の小さな鳥「よだか」が、知らぬ間に口に入った虫をのみ込んでしまって、自分もまた弱い者を苦しめていたことに気づく。
 からかったり、からかわれたり、好きになったり、ケンカをしたり、仲良くなったり、ふてくされたり、ごきげんになったり、心の冒険を経過しながら生きてみないと、人の気もちのわからない人間だらけになってしまう。
 「合唱コンクールがうまくいきますように!」。無防備に声に出して打ち出の小槌を振る子の後ろに、今日は少しだけ行列ができていた。
 子どもたちがギュッと握って振れば振るほど、なんだか御利益が増えそうで、私はみんなが帰った後で、そっとギックリ腰の一番痛いところをさすりながら、遠慮がちに小槌を振ってみた。(もしも本日の分が少し余っていたら、わたしのことも、どうかよろしく)。