「あした来るねー」。いつも、こう叫んで帰っていく子がいる。彼女が小学二年で初めてアトリエに来たとき、うれしく絵を描き帰りぎわ、思わず出たことばだった。
 もう八年がたち、中学三年になった今でも必ず「あした来るね」は続いていた。本当は月二回の教室なのに、子どもたちは「あした」「きのう」のイメージがいろいろで、夢のある使い方をすることがある。いずれわかることだから、(よっぽど明日も来たいんだな)と、私も笑って答えていた。「あしたもおいで!」
 この八年間「あした」はいろいろな意味を含み、いつの間にかそれは明日に向かって元気づけるような合言葉となっていた。
 実際に彼女は、夏休みや春休みにやって来てはアトリエのエンピツを削ったり、私が見ていなくても、みんなの物を片づけたりしてくれた。小さい子からもなつかれて、花の手入れまでしてくれた。
 七夕の短冊には「画家とアトリエのアシスタントになりたい」と書いてあった。
 ある日「どうしても高校に行かなくちゃいけないかなあ?」と問われ、「挑戦するのは悪くない。自分の努力を試してごらん」と答えた。
 昨日、いつものように早めに来て、前のクラスの片づけを手伝い、自分の絵をていねいに仕上げ、いつもと変わらず楽しそうに過ごしてから、彼女は夕暮れの中で自転車にまたがった。
 「あのさ、先生のことは今年は応援しなくていいから、カゼをひかないで高校の準備をしてね。こっちが応援する番だから」と声をかける私の方をしばらく見てから、「先生、あした来るね」と、ペダルを踏んだ。
 少したって、彼女から電話がかかってきた。かすれたような声だった。「入試が終わるまでアトリエを休みます。さっきは言えなくて・・・」。気持ちが痛いほど伝わった。
 「わかりました。ガンバレ! あしたおいで!」。精いっぱいの会話だった。